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熊野古道を歩く - 熊野三山を結ぶ信仰のみち -
高野山から熊野本宮大社への最後の峠越えが ”小辺路”と呼ばれている道です。
観光案内所の手前にある「女人道」の看板のある坂道が出発地点。
果無集落の登り坂はいまも石畳が残っており、情緒がある。三十三体の観音石仏を見ながら、さらに先を登ると果無の山々が目の前に広がる。
標高1114mの果無峠まで登りつめるとそこからは急な下り坂。
国道に入りしばらく歩くと、中辺路にある 伏拝王子を下ったところにある九鬼ケ口関所跡(三軒茶屋跡)に合流。
そこから一路熊野本宮大社を目指す。
果無越えは、昔ながらの石段や石畳が多く残り、ブナなどの腐葉土を踏みしめながら心地よく歩くことのできる古きよき道。
熊野古道を歩く - 熊野三山を結ぶ信仰のみち -
真言密教の聖地 「高野山」。
弘法大師が嵯峨天皇から勅許を得て二年後の818年、弟子を伴って京から高野山を目指す。
11月に出発した大師様は積雪の中を進み、人の足跡もない荒れた道をどんどん歩いていく。
それにしてもどうして人里離れた高野山を大師様は欲しがったのか?やはり熊野にいわれるように霊的な場所であったことと、世間から離れられる場所であったからではないか?と言われています。
大師様が歩いた九度山の 「慈尊院」から高野山奥の院までの約24kmの道のりを 「高野山町石道」と呼んでいます。現在では一町おきに町石が並び180の長石が参拝者の道しるべとなっています。
真言密教の根本道場として空海が創建した「金剛峰寺」政所として建立された「慈尊院」。ここから道はスタートします。空海生存時は木製の卒塔婆が建っていましたが、時代とともに朽ち果て、朝廷や北条時宗らにより石の卒塔婆に変えられます。
町石道を歩く人たちは南海高野線の九度山駅で降ります。
始めに慈尊院で参拝後、丹生官省符神社から登り始め、180長石をカウントし始めます。
●お照の墓
父母の供養のために自分の髪を洗って高野山におさめようとしたところ、女人禁制で登れないことがわかり、がっかりする。しかしお坊さんが夢にでて迎えてくれ無事に灯篭を渡せたというお話がある
●横笛の恋塚
斉藤時頼と横笛とのかなわぬ恋の塚
●女人道
明治5年まで女人禁制だっためつけられた名。昔は女人をいれないために道が設けられていたが、現在は一つのみ。
●奥の院
灯籠道の奥が空海の御廟。
参拝道はたくさんの杉の木とお墓が並び歴史感じる道。
この他にもさまざまな石や塔があり、見所が凝縮されています。
四季折々、自然の音だけが聞こえてくる静かな参拝道。自然を感じてさまざまなものに思いをはせて歩くのにいいのでは?と思っています。
今度、ぜひ歩きたい道の一つです。
高野山道石道から熊野街道大滝口へいくと熊野古道小辺路と交わっています。
熊野古道を歩く - 中辺路歩き方ガイド -
熊野三山詣で( 熊野本宮大社、熊野速玉大社、 熊野那智大社、 青岸渡寺)を終えた参拝者は、背後にそびえる那智・妙法の山を登り、大雲取り越えに向います。雲に手が届きそうな、雲の中を行くほど、高いところを歩くという意味からこの名がつく。
早速、大雲取越えへ・・・
約14.5km、所要時間6時間30分
青岸渡寺の裏手から、那智高原を越え、その名の通り、熊野灘を一望できる「舟見峠」へ。
この辺りの眺望は素晴らしくこれから続く峠越えの前のつかの間の休息・・・
死者が赴くといわれる標高約800~1000mの熊野の山塊を進み、石倉峠、越前峠、胴切坂等の険しい山道を歩く。険しいだけではなく、途中、旅籠跡・茶屋跡などもあり、楽しみながら歩くことができる。
熊野三山の神々が集まって談笑した場所といわれる「円座石」を過ぎると、大雲取越え、最終地点の小口に到着。
ここから、小雲取越えへ・・・
約13km、約5時間
熊野川町小口から赤木川沿いに東へ1km、小和瀬を経て妙法山を越えるこのルートは、大雲取越えに続く山越えであることから小雲取越えという。
ただ、峠越えの連続であった大雲取りに比べればそれほど、きつい山道ではありません。
赤木川の橋を渡り、対岸に至り、民家脇の石段を登ればスタート地点。
椎の木茶屋跡、桜茶屋跡を経て桜峠を越え、尾根伝いに歩く。熊野三千六百峰が一望できる百間ぐらの峠は幾重にも重なる山並みが美しい。
程なく歩いていくとまっすぐ向こうに熊野川が見え、大雲取越え、小雲取越えの終わりをつげます。
熊野古道を歩く - 中辺路歩き方ガイド -
熊野本宮大社と湯の峰温泉をつなぐ 大日越のほかに湯の峰温泉へつなぐもう一つの道が 赤木越。
起点の赤木越分岐へは公共の交通機関がありません。熊野本宮大社を出発し、 発心門王子まで歩き、 猪鼻王子手前にある船玉神社のあたりに赤木越分岐の道標がたっています。
つづら折れの上り坂を登り、また分岐道標があり、そこから尾根道になりのんびり散歩感覚で歩くことができます。約45分で 「なべわり地蔵」前へ。
下り坂を進んでいくと約20分で「柿原茶屋跡」。
今度は狭い道に入り、急な下り坂を約45分下ると 湯の峰温泉中心地へと出ます。
民家の間から抜けて出てくるような感じです。
逆に湯の峰温泉を起点にして、中辺路へ抜けて歩く方も多いとか・・・
この場合、赤木分岐までずっと登り坂なので登りが苦手な人は最初にお知らせしたルートをとったほうが楽。
いずれにせよ、このルートの散策には 湯の峰温泉にて一泊する必要があります。
散策の後の温泉はまた一味違ったものになるはず・・・
熊野古道を歩く - 熊野への道 -
熊野御幸は、京都を出発し、下鳥羽から船で淀川を下り、渡辺の津と呼ばれたこの八軒家に上陸しました。
天満橋、八軒家はは平安時代より鎌倉時代にかけて、皇族、貴族の紀州熊野本宮への参拝道の起点として賑わい、江戸時代には、八軒の船宿が軒を連ね、京、大阪(淀川)を上り下りする三十石船の往来の激しい浪速の名所の一つとして賑わいをみせました。
京都から淀川を船で下って天王寺、住吉、高野、そして熊野へ参拝する皇族、貴族たちはみなここに上陸して南へと道を歩いていくのです。
ここから陸路をとる熊野詣。 熊野九十九王子をたどって遥かな旅にでるわけですが、その第一王子が 「窪津王子」です。
熊野権現の遥拝所であり、熊野への道しるべの第一歩であり、つかの間の休息の場でもありました。
現在は坐摩神社のお旅所に合祀されています。
参拝後、西に難波の海を見ながら遥かなる続く紀伊路を旅していくのです。
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●現在の三十石船
明治から平成へと近代化が進んだ昨今。現在ではアクアライナー(水上バス)として就航しています。
隣接する中の島、ビジネスパーク、大阪城界隈などの史跡等、見所満載です。
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