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日本三大名瀑 那智の滝と飛瀧神社 

熊野古道を知る - 蟻の熊野詣で -

飛瀧神社入口


三重塔から急な石畳の下り坂を10分ほど下っていくと飛瀧神社入口の石鳥居にたどりつく。

私は大門坂から歩いてきましたが、那智の滝入口にバス停があるのでまっすぐここにくることもできる。
<<那智の滝への道>>



那智の滝
日本三大名瀑の一つ「那智の滝」は落差日本一で133m幅13m。滝口は3本に分かれおり、大量の清水が一枚岩を一本になって一気に落下する光景は迫力満点。那智四十八滝の一の滝とも呼ばれる。滝を神聖視した原始宗教が那智山信仰原点である。

那智の滝には「熊野那智大社別宮飛瀧神社」が鎮座し、大己貴命(おおなむじのみこと)が祭られている。神社といっても本殿、拝殿はなく、滝を直接拝む形になり、このことからも那智の滝が飛瀧神社の御神体であることがわかる。かつての熊野の自然崇拝の有り様を今に伝えている神社。

和歌
飛瀧神社入口から滝まで473段の石階段があり、行きは下り坂だが帰りは急な登り坂。途中、俳句などの碑がところどころにあるのでこれらを詠みながらゆっくり歩くのもいい。

滝壺に参入することもできる。老杉の生い茂るお滝拝所に立って那智の大滝を見上げると、岩壁に砕け散る滝水が飛散し、轟音が耳に轟き、聖域らしい荘厳な雰囲気がある。

※お滝拝所
滝を見物する場所の横にお滝壺拝所があり片道2分で滝壺近くまでいける。
参入料は300円。
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category熊野古道を知る - 蟻の熊野詣でtime2006年02月22日 14:44

那智山青岸渡寺と三重塔 

熊野古道を知る - 蟻の熊野詣で -

那智山青岸渡寺
那智熊野大社のすぐ横にある那智山青岸渡寺は西国第一番の札所として名高い古刹。
六十五代花山法皇が三年間山中に参籠され那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様したことから一番札所となる。

縁起開基は仁徳天皇の頃と伝えられる。那智の浜辺に流れ着いた印度天竺の僧、裸行(らぎょう)上人が那智大滝で修行を積んでいたところ、滝壷で観音菩薩を発見し、ここに草庵を営んで安置したのが那智山青岸渡寺の始まりといわれる。

現在の本堂は、織田信長南征の焼き討ちに遭い、天正18年(1590)豊臣秀吉によって再建されたもの。さらに、大正13年に修繕作業もなされた。

青岸渡寺からの眺め
青岸渡寺横には那智の大滝と朱塗りが美しい三重塔を一度に見ることができる景勝スポットがある。緑深い山々に生える朱塗りの三重塔と遠くから見ると一筋の水のように見える大滝のコントラストが美しい。



三重塔と那智の大滝

三重塔の下まで歩いていくとまた違った角度で那智の大滝を見ることが出来る。
那智山青岸渡寺から下りの道で、徒歩5分でたどりつく。パンフレットなどでよく使われる写真はここから撮影したものだろう。

三重塔からさらに下ると那智の大滝の滝壺に行くこともできる。

※那智山青岸渡寺横から本宮大社への古道、大雲取小雲取越えが始まる。
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category熊野古道を知る - 蟻の熊野詣でtime2006年02月15日 10:51

熊野那智大社 

熊野古道を知る - 蟻の熊野詣で -

熊野速玉大社・熊野本宮大社とともに熊野三山と呼ばれている熊野那智大社は、隣にある那智山青岸渡寺とともに熊野信仰 の中心地として、今なお多くの参詣者が訪れている。

朱色の門
入り口には大きな朱塗りの鳥居。
473段の石段を登り、標高約500mに建てられた那智大社は夫須美神(ふすみのかみ)を御主神として います。夫須美神は伊弉冉尊(いざなみのみこと)ともいい万物の生成・育成を司るとされ、農林・水産・漁業の守護神、また縁結びの神様として崇められています。


石碑

熊野本宮の主神の家都美御子神は阿弥陀如来、那智の牟須美神は千手観音、新宮の速玉神は薬師如来を本地とされ、本宮は西方極楽浄土、那智は南方補陀落浄土、新宮は東方浄瑠璃浄土の地であると考えられ、熊野三社を含め全体が浄土の地であるとみなされるようになりました。

那智大社

話を那智大社に戻しますと、那智大社は滝を神とする自然崇拝からおこった社です。現在は山の上に社殿があるものの元は飛瀧神社がある那智の滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと考えられています。

現在の位置に社殿が創建されたのは仁徳天皇の御世(317年)で、その後、平重盛が造営奉行を行い、やがて、織田信長の焼討に遭ったのを豊臣秀吉が 再興し、徳川時代に入ってからは、将軍吉宗の尽力で享保の大改修が行われています。
時代に名を残す歴史的英雄たちが那智大社を守り続けてきたのです。

本殿
境内には、神武天皇東征の道案内をした八咫烏が石に姿を変えたという烏石の他、白河上皇お手植えの枝垂れ桜や平重盛の手植えとされる日本最大の樟の木(樹齢約850年)が茂っています。

この老樟は古来樟の精にあやかって精霊社とし、又、無病息災を祈り長寿を願って多くの人々に崇められています。
根幹部の空洞を通り抜ける「胎内くぐり」には備え付けの「護摩木」に願意し・氏名を記入し、捧持して胎内に入り出口の護摩舎に納めてください。
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category熊野古道を知る - 蟻の熊野詣でtime2006年02月08日 11:22

熊野本宮大社 

熊野古道を知る - 蟻の熊野詣で -

本宮大社正面
以前は「熊野坐(くまのにます)神社」という名で呼ばれていた大社。熊野三山の中心で、全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮。

正面鳥居の前に立つと大きな八咫烏(やたがらす)の幟がかかげられている。
八咫烏は熊野権現の霊鳥。


熊野権現


鳥居をくぐりぬけ、太陽の日差しが杉木立の間からこぼれる石段を上がる。石段の両脇には「熊野大権現」と書かれた奉納幟が立ち並ぶ。129段の石段をひたすら登る。




神門



登りきった先にあるのが「神門」。
「甦る日本!!!」「人生の出発地」と掲げられた旗がひときわ目を引く。

神門をくぐりぬけると、檜皮葺きの古色蒼然とした社殿が現れる。
向かって左から第一殿、第二殿、第三殿、第四殿と三棟。第一殿・第二殿は相殿のため、第三殿や第四殿よりひと回り大きく感じられ、これが本社のように見えなくもありませんが、中央の第三殿が主神を祀る。

手前から第一殿
<第三殿>
「証誠殿(しょうじょうでん)」といい、主神の家都美御子大神(けつみみこのおおかみを祀る。
平安初期には熊野坐神(くまのにいますかみ)と呼ばれていた。
「大日本六十余州衆生我の許に参る者は、貧窮を除き富貴を与う、現世安隠後生善き所に生まれしむ、之、證誠阿弥陀如来熊野大権現也」という「熊野縁起」が伝わる。


<第一殿>
「西御前(にしのごぜん)」といい、熊野三山 那智大社の主祭神、熊野牟須美神(くまのむすみのかみ)と表には出てこない神様、事解之男神(ことさかのおのかみ)を祀る。

第二殿、第三殿
<第二殿>
「中御前(なかのごぜん)」といい、御子速玉之神(みこはやたまのかみ)と伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」を祀る。
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は速玉之男大神様と御一緒に御祭りされ、表に出てこない神様。 国土の基礎を築き、多くの神々を生んだ、伊邪那美大神様の夫婦神である。 伊邪那美大神様に逢いに黄泉国熊野に来られ、後に黄泉国の穢れを禊により祓い、天照大神・月読尊・素盞嗚尊の三貴子を生んだ。

第二殿は夫婦の神様なので、夫婦でカップルでおまいりするとご利益があるのでは?

<第四殿>
「若宮(わかみや)」と呼ばれており、天照大神を祀る。伊勢神宮の内宮と同じ神様。
伊邪那岐大神様が黄泉国の穢れを禊により祓った際、左の目を洗った時に燦然と輝いた光と共に生まれ、高天原を治め、皇室の皇祖神として仰がれている美しい女神様。
天照大神は耳慣れた神様ではないでしょうか?

以上の四社を上四社(かみよんしゃ)と総称している。
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category熊野古道を知る - 蟻の熊野詣でtime2005年12月14日 12:35

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