|
熊野古道を歩く - 熊野三山を結ぶ信仰のみち -
弘法大師によって高野山の開設とともに作られた道
真言密教の聖地 「高野山」。
弘法大師が嵯峨天皇から勅許を得て二年後の818年、弟子を伴って京から高野山を目指す。
11月に出発した大師様は積雪の中を進み、人の足跡もない荒れた道をどんどん歩いていく。
それにしてもどうして人里離れた高野山を大師様は欲しがったのか?やはり熊野にいわれるように霊的な場所であったことと、世間から離れられる場所であったからではないか?と言われています。
大師様が歩いた九度山の 「慈尊院」から高野山奥の院までの約24kmの道のりを 「高野山町石道」と呼んでいます。現在では一町おきに町石が並び180の長石が参拝者の道しるべとなっています。
真言密教の根本道場として空海が創建した「金剛峰寺」政所として建立された「慈尊院」。ここから道はスタートします。空海生存時は木製の卒塔婆が建っていましたが、時代とともに朽ち果て、朝廷や北条時宗らにより石の卒塔婆に変えられます。
町石道を歩く人たちは南海高野線の九度山駅で降ります。
始めに慈尊院で参拝後、丹生官省符神社から登り始め、180長石をカウントし始めます。
●お照の墓
父母の供養のために自分の髪を洗って高野山におさめようとしたところ、女人禁制で登れないことがわかり、がっかりする。しかしお坊さんが夢にでて迎えてくれ無事に灯篭を渡せたというお話がある
●横笛の恋塚
斉藤時頼と横笛とのかなわぬ恋の塚
●女人道
明治5年まで女人禁制だっためつけられた名。昔は女人をいれないために道が設けられていたが、現在は一つのみ。
●奥の院
灯籠道の奥が空海の御廟。
参拝道はたくさんの杉の木とお墓が並び歴史感じる道。
この他にもさまざまな石や塔があり、見所が凝縮されています。
四季折々、自然の音だけが聞こえてくる静かな参拝道。自然を感じてさまざまなものに思いをはせて歩くのにいいのでは?と思っています。
今度、ぜひ歩きたい道の一つです。
高野山道石道から熊野街道大滝口へいくと熊野古道小辺路と交わっています。
|