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熊野古道 - 世界遺産登録への道 -
世界遺産登録をされた背景
武士・農民・庶民の熊野詣は大正時代で一度終わりを告げる。
近代開発が進む中、幹線道路や住宅地の建設で古道の一部は失われていく。
峠越えの部分は長い間忘れ去られ、草が生い茂り人の目に触れることはなくなった。
最初に注目されたのは戦後まもなく。歴史的文化遺産を見直す動きが出てくる中熊野古道の価値に気づき、「歴史の道」に選定され、整備された。
しかし、まだこの頃は地元や関西の近場の人が歩くくらいのもの。
広く一般の人に歩かれるようになったのはまた少したった1970年代。
まだ、バブル絶頂のさなか、街はどんどん近代化していき緑がなくなってくる。やはり人というのは何かに息詰まったり、仕事で忙しくゆっくりする時間がなくなると自然に帰りたくなるものだろうか?
熊野古道を歩く人が年々増えていった。
それは年を追うごとに増し、とうとう世界遺産登録をされる原動力となったのである。
話は少し戻り、バブルが崩壊した10年ほど前。経済や社会の行き詰まり、環境破壊の見直しなどでやっと根本の何かに気づいたのかもしれない。
昔も今も熊野を歩く人の心は変わらないと思う。平安時代といっても皇族や公家の人たちは現代の人と同じように政治やその他もろもろにストレスを感じていただろう。
一般庶民ももちろん、それぞれ悩みを持つ。
霊験新たかな神仏がおわす熊野に詣でると現世の幸福と来世への救いが求められるというのも理由の一つだが、やはり一番の理由は、長い旅路をたどり、悩み多き日常生活から離れ、癒しを求め、緑多き、熊野を歩き、山々の風景、そして、歩くたびに発見する植物の素晴らしさに胸躍らせ「旅」を満喫していたのではないだろうか?
世界遺産登録されて、早2年。
今後もますます熊野古道は注目され、年齢問わず人々を癒しの道へと案内してくれることだろう。
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