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熊野古道 - 世界遺産登録への道 -
武士・農民・庶民の熊野詣
熊野信仰の起源は平安時代の上皇たちの熊野詣であったが、熊野御幸が絶えた後は、一般庶民や武士、農民の参拝が盛んになった。
ほとんどの人たちは 紀伊路(大阪にある第一王子窪津王子から紀伊田辺あたりの出立王子まで)の海沿いを歩き、そこから 中辺路をたどって熊野本宮を目指したが、紀伊路からそのまま海沿いを行く 大辺路(紀伊路から紀伊半島を南下してそのまま北上し新宮まで)を行く参拝者と二手に分かれた。
さらに別ルートに高野山参拝をしてから 小辺路(高野山から山を登り降りしながら中辺路途中にある 発心門王子に出て熊野本宮に向うという道をとる人もいた。
東国方面からは東海道を歩き、伊勢神宮に参拝。 伊勢路(三重から新宮へ出る海沿いの道)をとって本宮へ。
会津(福島県)から歩くと大体一ヶ月ほどで新宮に到着するという。
さらに、僧侶、修験者たちは吉野山から、 大峯奥駈道といって山上ヶ岳、大日岳、玉置山などを越え熊野へ。この山越えの険しい峠道は民家もなく難行苦行の修行の旅でもあった。
こうして、平安時代は上皇たちが、その後江戸時代まで一般庶民が熊野本宮をめざし、来世への思い、そして、日常生活からの開放とさまざまな悩み、思いを抱えて熊野を目指したのだった。
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